信託型ストックオプションへの課税に対する認識は、企業側と国税庁側では認識の齟齬が発生していることがわかりました。2023年5月29日に行われた国税庁と経済産業省が開催した課税説明会において、参加企業との対立も発生しています。
ここでは信託型ストックオプションにかかる税金に対する企業と国税庁の認識について詳しく紹介します。
企業側の認識では、ストックオプションの権利行使時には課税されることはなく、株式を取得して売却した際に、譲渡所得として課税されるものという認識でした。その場合は、税率は約20%です。
国税庁の認識では、従業員が権利行使をして株式を取得した時点で実質的な給与になる、いわゆる給与所得であるという説明をしました。給与所得であるため、累進課税で実際の税率は金額によって異なりますが、住民税を含めて最大で55%の税率で税金が課せられます。
認識の齟齬が生じた原因は定かではありませんが、所得税法67条の3第1項・2項では、受託者から信託財産に属している資産を従業員が引き継いだ場合、その引き継ぎによって生じた収益の額は、引き継ぎを受けた日の属している年分の各種所得の金額の計算上で、総収入金額に算入しない、とされているのです。
そのような内容から信託型ストックオプションは取得した株式を売却したときに譲渡所得として課税される、という認識をしていました。しかし、2023年5月29日に開催された説明会で、国税庁が譲渡所得ではなく給与所得であるという発表をしたことで、混乱を招いたのです。
行使済みの従業員に対しては、会社側が過去に遡って源泉徴収を求める必要があるという見解を国税庁が発表しました。源泉徴収には5年の時効があり、給与課税は分割納付できるという救済策も提示されたものの、企業側の負担が増えることに違いはありません。
信託型ストックオプションは、スタートアップ企業が優秀な人材確保のために従業員に付与してきたものです。それなのに行使をしたタイミングで給与所得となって税金が課せられてしまうとなると、今までのメリットが得られなくなるでしょう。結果的に人材確保にも影響が出ます。
信託型ストックオプションへの課税に対する認識の違いにより、税制が厳しくなったという考え方が広がれば、有望なスタートアップ企業が海外に流出する可能性もゼロでもありません。これから海外進出を検討する企業が増え、結果として日本の税収が減るのでは、と考えられています。
これまでの実務の考えに従えば、キャピタルゲインへの譲渡所得課税のみだと権利者に課される所得税・住民税の税率は合計20.315%になります。また他の所得と合算される総合課税ではなく、申告分離課税となるのです。
しかし国税庁の見解に従えば、信託型ストックオプションによって生じる給与所得は他の所得と合算したうえで総合課税となります。そのため最高税率は55.945%となり、大幅に信託型ストックオプションの行使者の税負担が増加する可能性があるでしょう。
国税庁による信託型ストックオプションの見解は、従来の考えを変更したわけではなく、従来の考えを明確化したものです。そのため信託型ストックオプションの行使によって生じる給与所得への課税は過去に遡って実施される可能性が高いと考えられています。もしそうなれば行使者は追徴課税を請求され、会社は過去の源泉所得税を納税しなければならない恐れがあるのです。
企業と国税庁の税金への認識違いによって追徴課税が発生し、億単位の特別損失を発生させてしまった企業もあります。
税制適格SOであれば株式売却額の20%のみが課税対象となるものの、税制非適格SOの場合、株式取得の権利行使は「給与所得」とみなされて、最大55%の課税対象となってしまうからです。
これまで、信託型ストックオプションは税制適格と考えられており、節税対策になると、さまざまなスタートアップが導入してきた背景がありました。
しかし、国税庁が「信託型ストックオプションは税制適格には該当しない」との見解を発表したことから、すでに信託型ストックオプションで株式を取得した側が過去にさかのぼって追加納税する必要が出てきています。
信託型ストックオプションとは、委託者(オーナーや経営者)が発行した全員分のストックオプションを第三者の受託者(信託会社)に預けて、満了期間まで保管するものです。
ストックオプションの行使条件を一定期間保存しておくことから、冷凍保存やタイムカプセルに例えられることもあります。
信託型ストックオプションの大きな特徴のひとつが、ストックオプションの付与対象者や付与規模を後決めできる点です。
満了までの保管期間は、役員や従業員に対しストックオプションに交換できるポイントを付与しておき、満了時にポイントに応じたストックオプションが割り振られる仕組みとなっています。
将来的に会社に貢献すると予測される人に付与したり業績への貢献度合いに応じて付与したりと、評価に合わせてストックオプションを割り当てられるようになります。
税制適格SOとして認められるには、いくつかの要件を満たさなくてはなりません。
税制適格ストックオプションは、無償型ストックオプションのみに限定されています。無償型ストックオプションとは、権利を付与される人が金銭を支払わずに取得できるストックオプションのことです。
ただし、税制適格として認められるには、以下に記載する要件も全て満たす必要があります。
無償型ストックオプションの付与対象者は、会社またはその子会社の取締役、執行役、使用人に限定されています。社外の人へSOを付与する場合や大口の株主(自社株の1/3以上を保有している者)やその親族・配偶者に付与する場合は税制適格の対象外です。
ただし、社外であっても主務大臣に認められた事業計画書に従って協力する人材に対しては、税制適格SOが適用されます。
税制適格ストックオプションとして認められるには、ストックオプションの付与が決まってから2~10年後の8年間に権利を行使しなくてはなりません。付与決議がされてから、最長でも10年後までに自社株を購入しなければならないと定められています。
ストックオプションを行使して自社株を購入する際の価額も厳しく設定されています。新株予約権にかかる契約を結んだときの、時価以上で購入しなくてはなりません。これは、ストックオプションを付与された対象者が、株式を取得した時点で利益になるのを防ぐためです。
一般的なストックオプション(非税制適格)は、株式と同じように、特別なルールが設けられている場合を除いて他人に自由に譲渡できるようになっています。しかし、税制適格ストックオプションは、租税特別措置法に基づき他人への譲渡はできません。
税制適格ストックオプションは、1年間に取得できる自社株の価額は、合計1,200万円以下と定められています。一度でも1,200万円を超えてしまうと、税制適格ではなくなってしまうため注意してください。
課税の対象範囲も要注意です。もし年間の権利行使価額が1,210万円になってしまったとき、課税されるのは超過分の10万円ではなく、1,210万円への課税となる点も留意した上で取得しなくてはなりません。
税制適格として認められるためには、取得した株式の保管先の要件も満たさなくてはなりません。租税特別措置法に基づいて、指定された証券会社などの保管委託先に預ける必要があります。
信託型ストックオプションによる企業と国税庁の認識のずれが明確となり、スタートアップ企業が海外に流出するなどのリスクが高まると言われています。そこで令和5年6月に行われた資本主義術現会議において「税制適格ストックオプション」にかんする提言がされました。国にとっても税制適格ストックオプションを使いやすいように改善したうえで、スタートアップなどの企業成長を促したいと考えています。
上記のような内容が行われる予定です。
今後はストックオプションに関わる環境の整備は促進すると考えられますが、資本政策は基本的に後戻りができません。そのため多角的な視点での検討が必要となり、専門家の意見もヒアリングしながら立案することが大切です。
信託型ストップオプションは、ストックオプションを信託会社へ信託し、将来従業員がストックオプションと交換できるポイントを与えるという制度でした。とても注目されており、優秀な人材確保にも一役買っていましたが、2023年5月29日に開かれた説明会によって、企業側と国税庁側の認識が異なるということが浮き彫りになりました。
色々な方面から声があがっている中、有望なスタートアップ企業は海外へ流出する可能性も大いに考えられるでしょう。これからの行方に注目したいところです。
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